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臨床するアート2011: 参加者の志賀さんより
臨床するアート2011に参加してくださった志賀祥子さんという方が、 ご自身のブログで感想を書いてくださいました。 読ませていただいてとても面白かったので、ブログでご紹介させていただきます。

以下、転載記事です


昨日、エイブルアートにて、
芸大の先輩、庭JAPANの長崎剛志さんのセッションに
参加してきました。

被災地での瓦礫撤去作業の先に踏み込んだ、
庭の復旧=人が生きる空間の再構築は、
緊急支援の延長線にある、
まさにアートが癒しの効果を持つこと、
前向きに生きる原動力になるということを実感する作業だったというお話を聞きました。

アートが専門的な特別分野なことではなく、
人間の根本に必要な要素だということを、
庭が=観る空間・居る空間の構成→空間を整える→精神の安定化→精神
の浄化という役割があるという切り口から、改めて認識しました。

人が手を施すこと、手当てをすること、手入れをすることが、
人にとっても、人が求める“自然観(自然感?)”に
非常に必要なことだという長崎さんの言葉は、
芸術の、人間にとっての必要性を確信するものでした。

今後、芸大OBとしても、個人的にも、
被災地の支援や、被災した子供たちの心のケアに
どう関わっていけるか、
また被災していなくても、
現代社会人にとってアートがどう必要なのかを考える上でも、
とても有意義なセッションでした。
http://popo.or.jp/info/2011/12/2011-3.html

セッションのあと、食事会の間に息子Mが店の片隅で描いた絵。
自分が将来住みたい庭だそうです。



大きな樹は、長崎さんの話で、強いパワーを持っていると
聞いたからかな。

壁につたっているのはブラックベリー。
今年2月まで住んでいたアパートの庭に植えていた。
鉢植えで買ってきて地面に植えたら、
ある年ぐいーーんと驚くほど伸びて、
毎年どっさりブラックベリーが採れた。

なのに立ち退きしなきゃいけなくなって、掘り起こそうと思ったら、
コンクリートの隙間に根をがっしりはっていて、
息子と2人で力をあわせて引っぱってもちょっとも抜けなかった。
そして泣く泣く切り倒して、その場に置いてきた。

その寂しい思い出のせいか、息子は時々、
更地になったアパートの跡地を
ひとりでこっそり見に行っていたそうだ。
(近所のママ友から聞いた)

長崎さんの話で、庭という空間は
住んでいる人の時間経過と共に
特別な思い入れや思い出がこめられる場所だと改めて認識した。

家財道具はそっくり移せても、
前より新しい部屋になっても、
その庭の空間と時間は移せない。

借家だろうと持ち家だろうと、他人の家だろうと公共の場だろうと、
関わり方はそれぞれ違うとしても、庭は良い。

「人間は土から離れては生きられないのよ!!」と
ラピュタのシータが言ったのはまさに真実をついている。

何代にもわたって家屋敷を維持するのはとても大変なことだけど、
いつか、
外に目をむけると手入れの行き届いた心癒される庭空間が
広がる家に住みたい。

芸大3年の古美研で、大徳寺の孤篷庵を見たとき、

庭は人間の内面世界と外界との間にある、不思議な空間だと思った。

壁を持たない古代日本建築に於いては、
御簾や格子の開け加減、障子や襖の開け閉め、屏風の位置、
そして自分の居る位置で、
他人との距離感、外の空間との距離感を計った。

人との接し方、四季折々の風景の愛で方に美学があった。

あ、今日は皆既月食だ。


ほんのここ最近、庭のお仕事に携わる芸大の先輩たちに縁があって知り合うことができた。

インスタレーション作品を作っていた自分としては、
空間と時間を構成し人に観せることの本質をずっと考えていた。

紆余曲折、流れながら、考えながら、

私は普遍的な芸術の影響という観点から子供の感性を育むことを
仕事にしようと決めたが、

自然の樹や草花と対話しながら人の居る環境を整える仕事というのも、
なんて神聖な仕事だろう。

昨日のセッションで、奈良からきた男性が質問の際に
「庭師は一番すごい仕事じゃないかと最近思っている」
とおっしゃっていたが、まさにそうかもしれないと思った。

そうだ、その庭師の芸大の先輩は2人とも、

笑うとトトロに似ている。


息子の恐らく原風景になったであろうブラックベリーの庭、
無惨にも奪われてしまった私と息子の大事な空間。

また植えられるような場所に住みたいという
夢につながればいいなあ。


志賀祥子さんブログ ここいろこころ より転載させていただきました。
http://cocoirococoro.jugem.jp/

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臨床するアート2011: たんぽぽの家HPより
2011年12月19日に行われた臨床するアートでN-tree 長崎が庭JAPANの活動を報告しました。
そのときの様子のレポートをたんぽぽの家のホームページより、転載させていただきました。

以下、転載記事です

2011年12月9日(金)19:00~

連続トークセッション「臨床するアート 2011」第5回を開催しました。

今回のゲストは、庭園美術家であり、「復興支援プロジェクト 庭JAPAN」調整役をされている長崎剛志さん。

まずは長崎さんが日本やイギリス、インドでてがけた庭の作品をスライドで拝見しました。

2011年はじめまで、イギリスに2年間滞在し、そこで庭の仕事をされていたそうです。

そして、帰国した矢先におきた、東日本大震災。必要となった泥出しや瓦礫の撤去に、庭師の能力を生かせるんじゃないかという考えから、ユンボを積み、東北へ向かったそうです。そこで、庭師のネットワークを組み、活動したほうがよいと感じ、以前からつながりのあった仲間と「復興支援プロジェクト 庭JAPAN」として活動に取り組むようになったとのこと。
          
そんな長崎さんですが、現地では、庭を直している場合か、と問いながら、庭を直すことをはじめたそうです。

庭より先に優先すべきことがあるのではないか。でも実際に被災地で感じたのは、被害が小さいところからしか、手をつけることができないということ。

まだまだ手がつけられないところ、心、場所というのはたくさんある。だからこそ、手がつけられるところから、取り組んでいかないといけないと感じたという長崎さんが、今回、復興支援にむかったのは、阪神大震災のときには何もできなかったという思いがあるからだと言います。

自分は関西出身なのに、当時は東京で学生をしていて、ただただ報道をとおして知ることしかできなかった。

だから、今回の震災に、何もできないと感じる人がいても、いいと思う。その思いは、また、いつか何か起きた時の行動につながるかもしれないし、つなげればいいのだからと強く話されていたのが印象的でした。

庭は、関わり続けることが必要だと、長崎さんは言います。

生きていて、変化していく。だから、難しい。毎年手入れに行っていても、わからないことがあると。でも、関わり続ける。震災復興支援に限らず、いつも、これから先を準備するという気持ちでやっていきたいと。

被災地でのこれからの活動について問われ、「木を植えるまで一緒にいたいと思っている」と答えた長崎さん。

今後の活動については、ぜひ、長崎さんのホームページn-treeをご覧ください http://n-tree.jp/

(報告:井尻貴子)

たんぽぽの家ホームページ より転載させていただきました。
http://popo.or.jp/ableart/blog/2011/12/20115.html

レポート 第4回 全日本庭サミット: 朝日より
2011年7月16日、
第4回 全日本庭サミット
『東日本大震災復興支援プロジェクト 庭JAPAN 活動報告とこれから』
が愛知県一宮市「つくる。」で開催されました。北は埼玉から南は鳥取まで、全国から34人集まりました!



暑い中での報告会となりましたが、大きな古民家の座敷部屋でリラックスした雰囲気の中始まりました。
第1部では庭JAPANから、第1フェーズ 第一期から第五期までを写真と動画を交えて、各リーダーを中心に参加者も含め座談会のような形の報告となりました。

皆さん行く前は痩せて戻ると思っていたようですが、現地ではお茶を出してもらったり、炊き出しがあったりして、実際は太って帰ってきたという話が古川さんから出ると、
松浦さんからはマスクをしないでいたら見ず知らずのおじさんが「マスクをしなきゃだめだよ、普通の状況じゃないんだから」といってパッとマスクをくれて、すごいところに来たと思うと同時に人の温かさを最初に感じたというエピソードもあり、
石巻には気持ちがあふれているという話になりました。
石川さんからは復旧しているお宅で昼食のときによくしてもらい、逆に元気をもらったというお話もあり、支援しに行っている私たちが現地の人達のエネルギーに助けられている部分も沢山あることを改めて感じました。



また、あるお宅でヘドロを出してやっとまともな土が見えたときに、その家の方が初めて何を植えましょうかという話をしてくれたことが嬉しかったという古川さんや、
最後に庭JAPANが石巻ボランティアセンターの会議で第1フェーズ終了の報告をした時に皆から温かい拍手をいただき、また来てくださいと言われたという長崎さんの話からは、
庭JAPANだからできることが必要とされているということ、そしてゆっくりではありますが、庭JAPANが現地で認識されていっている様子が伺えました。
今はマイナスをゼロに戻す作業が主ですが、最終的にゼロをプラスにする作業になったときに、宮城県の庭師の人達と絡んで何かやりたいという話も長崎さんからありました。


第2部では庭JAPANと同じように支援活動をされている方達からそれそれ報告がありました。
Garden Factory 創都の清水さんからは災害支援連絡会 庭人の輪について、和数寄人の山根さんからは集めて届ける削ろう会、くらよし実行委員会の活動についての報告がありました。
LPDの石井さんより石巻復興計画「obi project」について、草土出版の山口さんからは編集者の立場からつたえるということについてお話がありました。
皆さんそれぞれ大きな想いをもっていて、聞いていて言葉には出せないけれども、会場全体が共有できる何かを感じて静かになる時間もありました。
様々な立場からのお話を聞くことができ、これから自分たちが何ができるのか、何をしたらいいのか、少しづつではありますが見えてきたように思います。

夜が更けてからは、白石市の小畑さん、石巻市の成澤さんたち宮城県の庭師の方達とスカイプをつかってお話をしました。
現地ではとにかく今ハエがすごいというお話や、子供達の様子などをお聞きすることができました。
スカイプで参加してくださった皆様、本当にありがとうございました!



最後に古川さんから
「東北の地に木を植えるときまで一緒にいたい」
という一言があり、プロジェクトの軸となる言葉だと感じました。
そして今後、東日本大震災復興支援プロジェクト 庭JAPANのコンセプトとして使っていってもいいんじゃないかなと思いました。

次の日のバーベキューでは子供達も集合して大騒ぎ?いや、大盛り上がりでした!
何回か集合写真を撮ったのですが、全員が正面を向いている写真がありませんでした。
今回の報告会に参加された皆様、本当にお疲れさまでした!
またこうやって皆で集まる機会をつくりたいと思います。

レポート UNDER THE TREE vol.01: 朝日より
こんにちは、N-treeの朝日です。6月18日に新宿の La Keyaki で行われた UNDER THE TREE vol.01「3.11後 - それぞれの復興支援 - 」で庭JAPANの活動報告をしてきました。遅くなりましたがレポートを載せたいとおもいます。

このイベントは第四期の活動に参加された関さん達が中心となって企画されたもので、東日本大震災の復興に向けて活動されている様々な分野の方が集まりました。
会場となった La Keyaki は大きな道路からちょっと路地を入った静かな場所にあります。建物のまわりは木々に囲まれて、ビルだらけの新宿にいるというのを思わず忘れてしまいそうでした。けやきの木ににぶら下がっているブランコがまたノスタルジックな気分にさせてくれます。





そんな素敵な洋館の広間で行われた報告会には全部で5団体の参加がありました。
庭JAPANからはN-treeの長崎が活動を始めるに至った経緯からあえて庭JAPANという団体で動く意味、そして石巻での瓦礫撤去や庭の復旧の事、活動をする中で感じた事などを話してきました。

具体的な内容としては、
庭JAPANとして活動するまでには皆個々でボランティアセンターに行ったり、知り合いの紹介で被災地に行き支援活動をしていたが、連携のとれるチームで動いた方が効率的な支援ができると考え今こうして団体で活動しているという事、
もともと庭JAPANというのは、当時の若い庭師たちが集まる機会を日本全国でつくって行くうちに、共感した様々な人達も関わるようになり、そのネットワークを生かして活動することになった経緯などを話しました。
団体で動くことに関しては、実際に現地に足を運んでいる人からボランティアセンターなどの受け入れ側も団体で来てくれるほうがコントロールしやすいというお話もありました。

また、実際の活動として石巻市では石巻災害復興支援協議会から依頼を受けて重機を使った泥出し、瓦礫撤去、庭の復旧を行ってきたことをお伝えしました。
しかし庭を綺麗にしても、その奥には手つかずの瓦礫の山が見えていたりと、活動をして行く中で優先順位に対してどのように考えていいのか悩むことも多くなってきた話にも触れました。
今庭を綺麗にして眺める時期なのか、泥出しを先にするべきではないのか、しかしそういった悩みを協議会の方にお話したときに「庭を綺麗にする事で喜んでくれる人がいるようであれば、それも一つの支援になると思うのでお願いします」というお言葉を頂き、私たちの迷いが少なくなったこともお話しました。
最後には私たちの考えとして、目の前の道路や家や庭が綺麗になって、以前の生活を思い出せる風景を作り出すことで、以前そこに暮らしていた方が少しでも希望をもてる手助けとなれれば嬉しいということをお伝えして、庭JAPANの報告は無事終了しました。

最初は言葉少なめに始まったので、見ている側はちょっと不安になりましたが、その緊張感がよかった、という方もいて皆さん真剣に聞いてくださいました。最後の質疑応答の時間では、家を壊されてしまう時にせめて木だけでも救い出したいという人がいたらどうしたらいいのか、という質問もありました。





そして途中の休憩時間にはこのイベントにふさわしいおやつが振る舞われました。終始和やかな雰囲気でしたが、皆さんずっと集中して聞いていらしたので、ここでぐっと笑顔の数が増えました。そんなすてきなおやつはコチラ。





東京都港区白金 マルイチベーグル ベーグルサンド
福島県白河市 大黒屋 だるま最中
福島県会津若松市 会津中央乳業 べこの乳

マルイチベーグルさんは売上金の寄付や岩手県遠野市に靴を送る活動をされています。ベーグルはもちもちで自然の味がして美味しかったです。やさしいあんこの詰まっただるま最中と濃厚なべこの乳牛乳の組み合わせもまた、たまりません!

石巻市の復興計画案として、もっと人と街をつなげるまちづくり obi project を提案されているランドスケープデザイナーの石井さん、野田さんのお話も興味深いものでした。
具体的には、避難路を整備してコミュニティスペースとしても活用できるようにしたり、海の堤防を慰霊碑の公園にして、街の全体に川と人、まちと人、海と人を結ぶ三つの緑の帯をつくり、現存の自然や営みを継承しながら安心して住める街をつくれないかというお話でした。
また、東日本大震災に関する情報をアーカイブしたサイトをつくろうとしている方がいたり、避難所の環境を実際に見たなかで棚を届けたいと考えている方もいました。
イベント終了後もなかなか解散せずに皆さん意見や情報を交換していました。そのあとの二次会でも話は尽きず、obi project のお二人が名古屋の報告会に来ていただけることになりました!

今回は支援のかたちにもいろいろな可能性があることを私たちも改めて知ることができました。UNDER THE TREE 、ぜひ今後も続けてもらいたいです。



レポート 島根報告会: 渡部さんより
第五期に参加された、一樹庵植吉の渡部さんが島根で報告会を行いました。
渡部さんからのお話しです。

。。。。。
出雲で「東日本大震災復興支援プロジェクト」に参加した報告会を開きました。

庭師、山師、設計士の方に集まってもらい、僕が今回行って見たこと、やったこと、
感じたことを思ったままに話しました。

僕は今回の活動をあまり人に話していませんでした。

どう説明したらこの状況が伝わるかわからんし、
自分がそうであるように、行かなきゃわからんとゆう気持ちがあるからでした。

けど今回報告をみんなにできてよかったと思います。

皆さん真剣に話を聞いてくれて、撮った写真をみて、感じたことを語り合い、いい時
間が持てたことは確かです。

一人の庭師さんが、この写真はどーして撮ったの?と聞かれました

普通の田植えが終わった田の写真でした。

正直なんで、どこで撮ったのか言われるまで覚えて無かったのですが、

被災地にある、普通の田んぼが、違和感があり、けれどもすごくきれいで撮った写真
でした。

そして僕は、普通の景色を、普通に見れるようになるために

これからも出来る限り復興に協力したいと思いました。

いい写真だね気持ちが伝わるよと言われ

伝えることの大切さを感じ、また必要であると思いました。


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プロフィール
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